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3/30 世界選手権優勝。まだ伸びしろが見える浅田真央のこれから

(2014-03-30)

報道機関

Web Sportiva

見出し

世界選手権優勝。まだ伸びしろが見える浅田真央のこれから

配信日

2014330日 

http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/2014/03/30/post_351/

◆内容◆

「ソチオリンピックのフリー演技のときのような、『やり切った』『最高』という感情よりは一段下がったんですけど、でも、たくさんのお客さんが応援してくれた日本の会場でフリーのいい演技を見せられて、自分は幸せだと思ったし、嬉しかったです。本当にいい思い出になりました」
「集大成のシーズン」最後の試合となった世界選手権。その「ラストダンス」を満足いく演技で締めくくった浅田真央が、4年ぶり3度目の世界女王に輝いた。
 ソチ五輪のフリーでは世界中のスケートファンの「記憶」に残る完璧な演技を見せて感動を呼んだが、今回の世界選手権では思い入れのある「ノクターン」のショートプログラム(SP)で歴代世界最高得点となる78.66点をマーク、「記録」にもその名を刻みつけた。また、216.69点の合計点も世界歴代4位となる自己ベストだった。
 今シーズンはSP、フリー(ソチ五輪で出した142.71点は歴代3位)、合計のいずれも自己最高を大幅に更新したことになる。まだ成長の伸びしろがあることを証明してもみせた。浅田自身もその手ごたえをこう語っている。
「オリンピックでは順位ではなく、この4年間、一から見直してやってきたことを出そうと思いました。そして、今回の世界選手権ではSPとフリーの両方をそろえて自分がやりきったという演技をすることが目標だったので、それができて嬉しいです。そして、今シーズンはバンクーバー後に一から見直してきたことがようやく花開いたかなという思いです。悔しかったり嬉しかったり、いろいろなことがありましたけど、改めて今日終えてみてフィギュアスケートっていいなと感じています」
 ソチ五輪では見せることができなかったSPでのノーミス演技を、この世界選手権で披露できたのは「ソチでの悔しさ」を晴らす気持ちが強かったからだという。「ソチで悔しかったんだ、悔しかったんだ」と思いながら滑ったというSP。冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を鮮やかに跳んで見せて波に乗り、透明感のある完璧な演技は今シーズン一番の出来だった。一番の武器であるトリプルアクセルではGOE(出来栄え点)が1.86点もついたほどだ。この歴代世界最高得点をたたき出した演技に、17千人を超える大観衆も引き込まれ、スタンディングオベーションで応えた。
「今回のSPは、今までの中でベスト3に入るくらいの最高の演技でした。いつもは得点を目標にはしていませんが、世界最高点と聞いて嬉しかった。集大成のシーズンとしては最高です。SPとフリーともに自分の精一杯の演技ができました。SPでは振付師のローリー(・ニコル)にようやく一番最高の演技を見せることができて、ローリーも喜んでいましたし、私も嬉しかった。いい演技で恩返しができて良かったです」
 大きな目標だった五輪金メダルは手にすることができなかったが、ソチ五輪から帰国後、浅田はしっかりと気持ちを切り替えてこの世界選手権に向けて練習に励んできた。それは佐藤信夫コーチも舌を巻くほどの入れ込みようだったという。「シーズン最後となる世界選手権でオリンピックの悔しかった思いをぶつけて絶対にやるんだという気持ちで毎日、一日も無駄にせずにやってきました」と胸を張る浅田の意気込みは相当なものだったに違いない。
 日本選手として最多となる3度目の世界タイトルは、これまでの2回と比べても格別な味わいになっているのではないだろうか。「永遠のライバル」であるキム・ヨナと切磋琢磨してトップスケーターになった浅田が、そのヨナが持っていた1つの記録(SP世界最高得点)を塗り替えることができ、日本開催の大きな大会で「やり切った」と言える演技ができて、結果もしっかりと残したからだ。

それに加えて、常に「最高レベルの演技」を追求したその姿勢も賞賛に値する。現役女子では誰も試合で挑んでいないトリプルアクセルの大技をプログラムに組み込み、フリーでは6種類の3回転を計8回も跳ぶジャンプ構成を作り上げて、ソチ五輪でもこの世界選手権でもこの構成で臨んだ。どちらの大会も回転不足を取られたり、今大会では3回転トーループが抜けたりと、決して完璧とは言えなかった。それでも、浅田にしかできないこのジャンプ構成を見られたことは、スケートファンにとって大きな喜びだったはずだ。
 偉業とも言えるこのジャンプ構成について浅田はさらりと言ってのけた。
「今年に入ってからこのジャンプ構成にしましたが、6種類の3回転を計8回跳ぶことはいつも出来ている構成なので、私にとってこの構成は挑戦ではなく、通常のことです。今日のフリーではひとつひとつのジャンプでいろいろ考えましたが、失敗を恐れずに跳びました」
 バンクーバー五輪で銀メダルに終わった後、ソチ五輪を目指すために自分のスケートを一から修正し直す過酷な道を歩んできた浅田。この国民的アイドルでもある一流選手をこの3年半の間、指導することになった佐藤信夫コーチは、試合後の会見でこう振り返った。
「わずか3年半の期間でしたが、やっと二人の会話が噛み合うようになり、これからというときに(集大成のシーズンが)終わりになってしまったので、何と言っていいか分かりませんが、私がこうあるべきだということを理解してくれて良かったなと思っています。これまでいろいろ苦労も多かったし、私で彼女をうまく(導いて)持っていけるのか、ずっと不安がつきまとっていたんですけど、最近やっと私の意思に沿って動いてくれるようになりました。12月に腰を痛めてしまい、全日本選手権が終わって1週間は練習にならない状態が続いたことで、オリンピックに影響を及ぼしたことは残念だった。でも、ここに来てほとんどミスのない状態でSPもフリーもできたので、いまは良かったなという気持ちです」
 5歳でスケートを始めて18年間のスケート人生は、浅田にとってどんなものだったのか。世界の舞台で活躍するようになったジュニア時代から、彼女は常に日本中の関心の的だった。精神的な重圧は計り知れないものだったに違いない。

そんな状況の中でも、浅田真央というスケーターは天真爛漫な天才少女と呼ばれた頃からほとんど変わらなかった。心根の素晴らしい女性であり、負けず嫌いで芯の強さを持つ真のアスリートでもあった。世界のトップに立っても、メディアに対する受け答えや挨拶もしっかりと対応し続けた。
 そんな浅田も長く第一線で活躍してきて、肉体的にも精神的にもダメージはかなりのものになるはずだ。日本フィギュア界を長きに渡ってけん引してきた浅田の今後に注目が集まっている。
「(オリンピックシーズンの最後の試合を終えて)やっと終わったなと思いました。長かったし、精神的にもすごく充実した濃いシーズンだったと思います。(引退か現役続行かを決める上での決め手となるのは?)身体はまだまだいけると思うので、あとは自分の気持ちだと思います。今後どうなるかは終わったばかりでまだ分からないですね」
 もっと成長できる伸びしろはある。それだけに、もう少し競技会という舞台で伸び盛りの若手選手たちとの戦いを見せて欲しいというのは、贅沢すぎる願いだろうか。

辛仁夏●文text by Synn Yinha

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SPに続いてフリーも1位となり、世界選手権を制した浅田真央
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