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1/13 【オリンピックへの道】 町田樹、引退の言葉に思い出すこと。自ら培った精神力と「普通の感覚」。

(2015-01-13)

報道機関

Number Web

見出し

【オリンピックへの道】 町田樹、引退の言葉に思い出すこと。自ら培った精神力と「普通の感覚」。

配信日

2015113日 1040

http://number.bunshun.jp/articles/-/822455

◆内容◆ 文:松原 孝臣

20141228日から、2週間が過ぎた。

 全日本選手権が終わり、リンクでは世界選手権の代表発表が行なわれていた。

 そのときに発した町田樹の言葉と内容は、衝撃である一方で、ふと、つながったようにも感じた。

 前日のフリーの「第九」のあとの言葉と、だ。

「ここまで来られた自分を誇りに思いますし、多くの方々の前で『第九』を滑ることができて本当に幸せだと思います。悔いはないです。失敗もあり完成度は低かったかもしれないですけど、僕のすべてを詰め込んだつもりです」

 ジャンプのミスなどがあり、本来の出来ではない演技を終えたあとの言葉だ。

 だが、強がって言っているわけではなかった。むしろ晴れやかな表情からは、やりきったという思いが伝わってくるかのようだった。

 町田が引退を告げたとき、この言葉がすぐによぎったのを思い出す。

■一足飛びに階段を上がってきたここ23年。

 あらためて振り返れば、ここ23年の歩みは駆け足のようでも、一足飛びに階段を上がっていくかのようでもあった。

 一般に、町田が急成長したシーズンとして捉えられているのは2012-2013年シーズンだ。グランプリシリーズで初めて表彰台に上がると、その後優勝も果たし、グランプリファイナルにも初めて進出した。

 201212月の全日本選手権こそ9位に終わったものの、それまでと比べれば大きな成果のあったシーズンとなった。

 そして2013-2014年シーズン、町田は前シーズンを超える活躍を見せた。グランプリシリーズは2大会ともに優勝。ついにはソチ五輪代表をもつかんで5位入賞を果たし、やはり初めて出場した世界選手権では銀メダルを獲得した。

■五輪1年前、ソチへ行けるという思いは30%だった。

 ソチ五輪の1年前に、町田は「僕の位置からでは出られるかどうか厳しいけれど、ソチを目指し、自分を信じて頑張りたい」とどこか自信がなさそうに話していたことがある。

 ソチ五輪のあと、町田にそのことを尋ねると、彼はこう答えた。

1年前の僕は、100%ソチに行けると信じていたかというと、まったくそんなことはなくて、40%か50%、いや、30%くらいだったかな、けっこう低かった。でも今シーズンのショートプログラムのテーマじゃないけれど、自分の運命は自分で切り拓くものなんだ、オリンピックに出るのも出ないのもすべて自分次第だということに気づいたんですよ。すべては自分の頑張り次第」

 そしてこう続けた。

「文字通り死ぬ気でオリンピックを目指そうと決意したのが1年前でした」

 その言葉のとおり、「死ぬ気で」、歩んできた1年だったのだろう。そう思った。

■大学院の受験勉強、卒業論文とスケートの両立。

 町田は独特な言葉づかいや物事の捉え方から、「氷上の哲学者」と呼ばれることがあった。「町田語録」として、言葉がそのときどきに話題にもなってきた。

 たしかに彼の言葉は異彩を放っていた。だが今振り返ると言葉そのものよりも、感じ取れる精神力の強さこそが思い浮かんでくる。

 今シーズンもそうだ。

 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程2年制の入学試験があったのは、スケートアメリカ出場のために出発する直前。合格の通知を受けたのは大会期間中のこと。

 一般入試での合格である。受験のための勉強にも相当のエネルギーを割いたはずだ。一方で、スケートの練習をし、プログラムを仕上げる日々がある。しかも「第九」だ。受験勉強との両立も、まさに必死の取り組みだっただろう。受験勉強に限らず、シーズン中は卒業論文の執筆も抱えていた。全日本選手権の晴れやかな表情は、全力を尽くしてきたからこそだったのだ。

■「僕にもできたんだから、あなたにもできる」

 さらに、ソチ五輪へ向けて死ぬ気で歩んだ1年、今シーズンの両立への闘いを可能にした精神の強さが、町田に最初から備わっていたわけではないことにも思い当たる。

 足踏みしていた時期。あるいは2013-2014年シーズンが始まる前、「僕の位置からでは出られるかどうか厳しいけれど」と自信がなさそうに語っていた頃を思うと、そう感じられる。覚悟を決めて自身を追い込んで、自ら培ってきた精神力だった。そこに町田の真価がある。

 そう考えると、ソチ五輪後のインタビューでのこの言葉が、なおさら強い印象を抱かせる。

1年前のあの位置から、オリンピックでメダルに手が届くところまでたどり着いたのだから、『僕にもできたんだから、あなたにもできる』と僕は言いたい」

 一方で、「語録」などのイメージに隠れているが、歳相応の姿もしばしば見せてきた。

 ソチ五輪のあと、メダルにあと一歩届かなかったことを「悔やんでも悔やみきれない」と、心底語っていたとき、そこにいたのは二十歳を過ぎた一人の青年だった。

 昨年、大阪でインタビューしたときには町田の妹さんも同席した。遊びに来たわけではなく、取材を受ける1人としてのことだったが、その席での姿もまた、妹を大事にしている大学生のそれだった。そんな横顔もまた印象的だった。

 今春、大学院生として新しいスタートを切る町田は、引退の挨拶でこう述べた。

「社会から真に必要とされる人材になるべく、真摯に新たな道を歩んでいく所存です」

 一般のごく普通の感覚を持ちつつ、目標へ向かって厳しく追い込む精神力を備える町田は、そのための武器をすでに持っている。

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12/29 無良が、小塚が、町田の思いとともに

(2014-12-29)

報道機関

デイリースポーツ

見出し

無良が、小塚が、町田の思いとともに

配信日

20141229日 

http://www.daily.co.jp/newsflash/general/2014/12/29/0007621734.shtml

◆内容◆

「フィギュアスケート全日本選手権エキシビション」(29日、長野ビッグハット)

 メダリスト・オン・アイスが行われ、世界選手権代表に選出された小塚崇彦(トヨタ自動車)、無良崇人(HIROTA)が、電撃引退し、代表を辞退した町田の思いと共に、大一番に臨む決意を語った。

 日本勢最年長となる小塚は「代表は8人だけど、町田選手の思いと一緒に戦ってくる」と、決意表明。

 町田の辞退により、出場が決まった無良も「町田選手に『お前に託す』といわれた。託すといわれたからには彼の気持ちの分も頑張りたい」と、意気込んだ。

無良、繰り上げ世界選手権「彼の分まで」 (日刊スポーツ 2014/12/29 2105

http://www.nikkansports.com/sports/news/f-sp-tp0-20141229-1415387.html

◆内容◆

 フィギュアスケート全日本選手権上位者などによるショー「メダリスト・オン・アイス」が29日、長野市のビッグハットで行われた。

 町田(関大)の引退で世界選手権代表に繰り上がった無良崇人(23=HIROTA)は「おまえに託したと言ってもらったからには、彼の気持ちの分まで精いっぱい演じ切りたい」と大舞台を見据えた。

 全日本選手権は5位と振るわなかったが、エキシビションでは軽快なジャンプを披露。「昨日まで本当に複雑な気持ちでいたが、世界選手権に向けて新たにスタートする1日目かな」と笑顔だった。



12/29  無良、ライバル町田の思い継ぐ「彼の分までがんばりたい」/フィギュア

(2014-12-29)

報道機関

サンスポ

見出し

無良、ライバル町田の思い継ぐ「彼の分までがんばりたい」/フィギュア

配信日

20141229日 1936

http://www.sanspo.com/sports/news/20141229/fgr14122919360017-n1.html

◆内容◆

メダリスト・オン・アイス(29日、長野・ビッグハット)現役引退を表明した町田樹(24)=関大=が出場を辞退し、代わりに補欠から来年3月の世界選手権代表に繰り上がった無良崇人(23)=HIROTA=が、氷上の哲学者の思いを背負う覚悟を示した。

 「町田選手に『おまえに託す』といわれた。託すといわれたからには、彼の気持ちの分までがんばりたい」

 全日本選手権は5位に終わり、上海切符はなくなったにみえたが、町田の電撃的な引退表明で転がり込んできた。この日のアイスショーではマイケル・ブーブレの『Feeling Good』を演じ、「気持ちを新たにスタートする1日となった」。2月の四大陸選手権(ソウル)との連戦へ気合を入れ直した。

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12/29  織田、同じ引退劇の町田ねぎらう

(2014-12-29)

報道機関

デイリースポーツ

見出し

織田、同じ引退劇の町田ねぎらう

配信日

20141229日 

http://www.daily.co.jp/newsflash/general/2014/12/29/0007620242.shtml

◆内容◆

フィギュアスケート全日本選手権で4位に入り、世界選手権代表に選ばれながら引退発表した町田樹(24)について、関大の先輩のプロフィギュアスケーター・織田信成(27)が28日、ツイッターで町田をねぎらった。

 織田は「樹、現役生活お疲れ様でした。今年はさんまさんの番組で一緒に出演させてもらったりすごく楽しかったよ!」と共に過ごした時間を振り返った。

 織田自身が昨年、日本代表に選出されながら辞退、そして全日本選手権後のエキシビションを終えた氷上で引退を明らかにしている。いわば町田は織田の後を踏む形となった。

 大学時代から2人は先輩・後輩の関係で、親しかったが「同じ関大として、後輩がこんなに素晴らしいスケートを魅せてくれた事、誇りに思います。本当にお疲れ様でした」と、織田は町田のことを後輩ながらリスペクトしているようだ。

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12/29 小塚、町田「爆弾落として去った」

(2014-12-29)

報道機関

日刊スポーツ

見出し

小塚、町田「爆弾落として去った」

配信日

20141229日 958

http://www.nikkansports.com/sports/news/p-sp-tp0-20141229-1415071.html

◆内容◆

14年世界選手権銀メダルでソチ五輪代表の町田樹(24=関大)が28日、現役引退を表明した。

 町田の突然の引退表明に、周囲も驚きを隠せなかった。代表発表の場で初めて聞いたという小塚崇彦(25=トヨタ自動車)は「僕たちもびっくり」と戸惑いを見せつつ、「町田語録で楽しませてくれ、笑顔にさせてくれた。なかなか思いつかない発想を持ち、唯一無二な選手だった。最後の最後に樹らしい。爆弾を落として去った」と笑った。代わりに補欠から世界選手権代表に繰り上がった無良崇人(23=HIROTA)は「小さいころからやってきた仲間だし、いいライバル。頭の中が真っ白」と戸惑っていた。(紙面から)

201412301.png

小塚(右)にマイクを渡す町田

引退の町田に小塚しみじみ…引退は「流れでなっていくもの」/フィギュア (サンスポ 2014/12/29 1505

http://www.sanspo.com/sports/news/20141229/fgr14122915050010-n1.html

◆内容◆

来年3月のフィギュアスケート世界選手権(上海)男子代表の小塚崇彦(25)=トヨタ自動車=が29日、現役引退を電撃的に表明した町田樹(24)=関大=にエールを送った。

 28日に突然、リンクに別れを告げた氷上の哲学者に、「全然気付かなかった。本当にビックリした。急に何を言い出すのかと。『結婚かな』と思った。何が何だかよく分からなかった」と戸惑いの表情を浮かべた。

 町田は4月から早大大学院スポーツ科学研究科修士課程に進む予定だ。「何かしらフィギュアスケートに携わって応援してくれると思う」と期待を寄せた。自身の引き際には、「自分でもわからない。流れでなっていくもの」と難しさを強調していた。

 201412302.png 引退した町田樹にエールを送った小塚崇彦





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