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2013.2.21 浅田真央に羽根衣装着せたタラソワ氏 モロゾフ氏へ対抗心も

(2013-02-21)

報道機関

週刊ポスト

見出し

浅田真央に羽根衣装着せたタラソワ氏 モロゾフ氏へ対抗心も

配信日

2013221700 (201331日号)

http://www.news-postseven.com/archives/20130221_172236.html

◆内容◆

海の向こうから届いた、純白の衣装が新たな物議を呼びそうだ。 フィギュアスケート四大陸選手権で今季最高得点の合計200点超えで優勝した浅田真央(22)は、見事に決まったトリプルアクセルだけでなく、その「衣装」に注目が集まった。胸元、両手、フリルなど、全身に何枚もの白い羽根をあしらった真っ白な衣装だ。 
 「本物の羽根を使った衣装は、バンクーバー五輪で浅田のコーチを務めたタラソワ氏から贈られたもの。胸元が広く開いたデザインで、女性らしさを強調できると選んだようです」(テレビ局関係者) 
 しかし、羽根が1本でも落ちれば減点となる。直前の練習では羽根が1本落ちたが、浅田は「もう落ちないと思う」と強気な姿勢で、1本ずつ羽根を手縫いで縫い付け、本番に挑んだ。 
 
その衣装の背景には、タラソワコーチの“対抗心”が隠されていたのではないかと指摘するのは、スポーツ紙の担当記者だ。 
「浅田が復活できたのは、ライバルの安藤美姫が消えたことにもあるともいわれている。タラソワコーチは、もともと安藤のコーチをしていたモロゾフ氏の師匠で、コーチとしては互いに意識しています。 
 そのモロゾフ氏が一昨年まで安藤に振り付けていたのが、『ブラック・スワン』で、黒一色で体のラインがはっきり出たセクシーな衣装が話題を呼びました。今回、タラソワ氏が『白鳥の湖』で羽根付きのかわいい衣装を選んだ背景には、モロゾフ氏への対抗意識や、自分の存在感を主張したい思いもあったのではないかと噂されています」

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2013.2.18 [舞姫が復活する日]「失われた〝ミキ″を求めて」

(2013-02-18)

報道機関

Number Web

見出し

[舞姫が復活する日]「失われた〝ミキ″を求めて」

配信日

2013218日 601Number822号掲載)

http://number.bunshun.jp/articles/-/339900

number2013218.png

◆内容◆

わずか14歳で4回転を跳び、18歳で初の五輪を経験。
失意の時期も乗り越え、'11年に2度目の世界女王に輝くも、
選手人生の絶頂期に休養を宣言。約2年の月日が流れたが、
人々は何故、美姫がいればと想像し、復帰を待ち望むのか。
公私に渡って支え続けてきた関係者たちの証言から、
見る者すべてを惹き付ける、彼女の魅力の秘密を探った。

 

両手を開き、指先を嬉しそうに眺める。

「この爪、安藤がきっかけなの」

 城田憲子の10本の爪には「銀ラメ」のマニキュアが施されていた。

 城田は、日本スケート連盟の元強化部長だ。そのときの縁で、女子フィギュアスケーターの安藤美姫とは、今も親交が続いている。

 安藤にお小言を言うのも「お目付役」の仕事だ。数年前のオフ、お洒落好きな安藤が爪を派手に装飾していたことがあった。

「その爪なんとかならないの? って怒ったんです。そうしたら『やってみてから言ってください』って返されて。それで塗ってみたら、物を持ったり、何かを開けるとき、便利なのよ。本当に丈夫で、爪が割れなくなった。それではまっちゃった。ははははは」

 城田が見せた無邪気な笑顔は、はまった理由が「割れなくなった」からだけではないことを物語っていた。

 我々が安藤に惹かれる理由――。その一端は、こんなところにもあるように思えた。

◆安藤の復帰が予定より遅れている理由はただひとつ、コーチの不在。

 安藤は今シーズンもまた、リンクに戻ってこなかった。

 2011年、モスクワで開催された世界選手権で二度目の世界女王になった安藤は、そのまま休養期間に入った。城田がこう慮る。

「世界選手権のあとは、虚脱感に襲われやすい。だから、それはしょうがないと思った」

 当初は、ソチ五輪のプレシーズンにあたる今季から復帰する予定だった。ところが昨年10月、2季連続となるGPシリーズ欠場を発表した。

 理由はひとつ、コーチの不在だ。昨年3月に、休養に入る直前まで約5年間コンビを組んだニコライ・モロゾフにコーチを依頼したのだが断られ、そのモロゾフに代わる新コーチも見つけることができなかったのだ。

 最長で410秒間、約60m×約30mの広い氷上で、自分ひとりに視線が注がれる世界。それがフィギュアスケートだ。重圧の中で唯一、自分の味方になってくれるのがリンクサイドに立つコーチである。その存在なくしてスケーターは戦えない。

◆出来不出来の波も減り、これからというときに……。

 安藤は昨年10月、欠場宣言するとともに、来年こそは復帰し、その後は引退の可能性が高いというところまで語った。つまり、ソチ五輪を含む'13-'14年が、安藤にとって現役最後のシーズンとなることがほぼ決定的になったわけだ。

それにしても、もったいなかったと思わずにはいられない。'10-'11シーズンの安藤は、65勝と過去最高の成績を残していたのだ。

 安藤の滑りは、安定感に欠ける――。

 常にそう言われ続けてきた。その日の気分に左右されやすいからだ。本人も自著『空に向かって』の中で、こう悲嘆している。

〈私はシーズンによって、試合によって、出来不出来の波が激しい選手です〉

 が、23歳にして気持ちの波がようやく穏やかになり、いよいよこれからというときに、表舞台から姿を消してしまったのだ。

◆「美姫ちゃんの演技は血が通っているじゃないですか」

 ただ、こうも思う。安藤の「不安定さ」は、天才性の表れでもあった、と。

 国際スケート連盟認定のテクニカルスペシャリスト(技術審判)で、安藤に技術的なアドバイスをする小山朋昭はこう断言する。

「気持ちが入ったときの美姫ちゃんは、キム・ヨナでも足元にも及ばないと思う。キム・ヨナは作業になってる気がするんです。ここでこうジャンプすれば、何点入るみたいな。でも美姫ちゃんの演技は血が通っているじゃないですか」

 そんな安藤にとって「安定」とは、ある意味では、退屈以外の何物でもなかったのかもしれない。不安定さは、安藤が誰より正直に、誰よりもドラマティックに生きている証でもあったのだ。

 ここ数年の安藤はアーティスティックな面がより強調されるようになったが、そもそもは傑出したアスリートだった。

◆安藤の才を探り当てたのは、浅田姉妹も指導した名伯楽。

 天賦の才。最初にそのスイッチの在りかを探り当てたのは、名古屋を拠点に指導する名伯楽の門奈裕子だった。安藤は8歳のときに門奈のクラブに入り、次々と難易度の高いジャンプをマスターしていった。城田が話す。

「門奈先生の生徒さんは、みんな本当にジャンプが上手。軸作りがうまいんですよ」

 ちなみに浅田舞・真央の姉妹も、門奈が指導するクラブ出身だ。

「白い氷の上に舞い降りた黒豹みたいでしたね」

 そう振り返るのは、インストラクターを務める西田美和だ。安藤は中学2年生に上がると同時に、新横浜プリンスホテルスケートセンター所属の名コーチ、佐藤信夫の指導を仰ぐため、週末だけ実家のある名古屋から横浜まで通った。当時、同リンクでコーチの手伝いをしていたのが西田だった。

「有名な4回転を跳ぶ子って、この子だってすぐにわかりましたよ。ちょっと色黒で、しなやかで、鋭くて」

◆無防備な安藤が、4回転ジャンプで一躍舞台の主役に担ぎ出される。

 安藤の周囲の風景を一変させたのは、その4回転ジャンプだった。中学3年生のとき、女子として初めて公式戦で4回転ジャンプを成功させると、知らない内に舞台に担ぎ上げられ、主役を演じなければならなくなっていた。西田が往時を思い出す。

「食事をしているとファンに囲まれるし、お手洗いまで男の人がついてきちゃったりしたこともある。ちょっと怖かったですね……」

 だが安藤は、そんな状況に戸惑いながらも、まだどこかで楽しんでもいた。当時の記事を読み返すと、インタビュアーが、安藤が恋愛話などのプライベートなことまで平気で話すことに驚かされているシーンにたびたび出くわす。元来、安藤は無防備で、人懐っこい性格だった。だから、人から注目されることは嫌いではなかったはずだ。

 ただし「舞台」は、そうして役作りも化粧もせずに上がる場所ではない。好奇の目を容赦なく向ける観衆の前でそんなことを続けていたら、とてもではないが身が持たない。

初めての五輪、惨敗した結果以上にショックだったこと。

 その無理が露呈したのは'06年、高校3年生で迎えたトリノ五輪のときだった。

 本番3日前の記者会見で、8歳のときに亡くした父親のことについて触れられると「そういうことにはお答えできません」と、壊れたように泣きじゃくった。

安藤にとって父親の記憶は宝石そのものだった。その宝石箱を強引に奪われ、こじ開けられたかのような気分になったのだ。

 試合でも4回転ジャンプに失敗するなど精彩を欠き、初めてのオリンピックは15位と惨敗した。ただ、試合の結果以上にショックだったのは、その後、自分の周りから潮が引くように人が去っていったことだった。

『空に向かって』の中で、安藤はこう綴る。

〈そこで気がついたのは、結局記者の人たちは、話題性で自分を取材しているだけだった、ということです。(中略)私は人を信じることをやめました〉

 当然のことと言えばそうだ。だが、それに気がつくのに、安藤は普通の人の何倍もの時間とエネルギーを費やした。西田が言う。

「素直すぎて失敗しちゃった……。でも、だから、ほうっておけないんですよね」

◇   ◇   ◇

失意のどん底に沈んだ安藤を蘇らせたのは、モロゾフだった。
安藤は、“劇薬”のようなロシア人コーチの下、その副作用に苦しみながらも、スケーターとして成長を続けていく。現在はひとりで練習を重ねる安藤だが、
ソチで大輪の花を咲かすことはできるのか?

つづきは、雑誌「Number822号、もしくはNumberモバイルでお読みください。



2013.2.12 浅田真央 恐怖のストーカー被害

(2013-02-12)

報道機関

東スポ

見出し

浅田真央 恐怖のストーカー被害

配信日

2013212日 900

http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/102505/

◆内容◆

フィギュアスケートの四大陸選手権最終日は10日、大阪市中央体育館で女子フリーが行われ、ショートプログラム(SP)首位の浅田真央(22=中京大)が130・96点を出しSPとの合計205・45点の今季世界最高得点で優勝した。一方で、リンク外では思わぬトラブルが発生。“パパラッチ”からストーカーまがいの行為に遭っていたというのだ。 

 国際スケート連盟(ISU)関係者や国内外の報道陣の前で真央が大技を次々に決めた。伝家の宝刀3回転半ジャンプだけでなく、3回転フリップ―3回転ループも決め「ジャンプ復活」を印象づけた。練習だけでなく、今大会からショートプログラム(SP)から3回転半ジャンプを入れ、フリーではどちらも組み込む高難度のプログラムに挑んだ。 

 今年初戦を今季世界最高得点で優勝と最高のスタート。ところが、プライベートでは思わぬ災難に遭い、心を痛めていたという。 

 先週、真央は愛車を運転し、一人で練習リンクに向かっていた。すると、途中で見知らぬ車が自分の車にずっと付きまとっていることに気付いた。どうやら自宅周辺から後を追いかけられていたようで、真央は恐怖を感じて、安全な場所に車を停止させた。すぐに「車がついてきて怖いです」と関係者に連絡。恐怖でドライバーを直視することはできなかったが、ナンバーの一部だけ確認し、状況を報告したという。 

 この“ストーカー車”は、真央の私生活の姿を狙った写真週刊誌のものだった模様。しかも一度ならず、昨年11月も同様の行為があったという。国民的人気者の真央に限らず、女性なら誰でも尾行されたら怖い。 

 また、真央自身がハンドルを握っていただけに事故につながる可能性もあった。この状況が繰り返されれば、外出はままならずリラックスして練習にも臨めなくなる。真央の関係者は「本当にやめてほしい」と訴えた。 

 今シーズンは連勝を続けているが、本当の勝負はこれからだ。3月には、バンクーバー五輪金メダリストで最大のライバル、キム・ヨナ(金妍児=22、韓国)も出場する世界選手権(カナダ)が控えている。すべてがソチ五輪金メダルにつながる大切な大会だ。

 真央も「ソチまでわずかな試合とわずかな期間しかない。毎日やるべきことをやって、最高のレベルを出せるよう積み重ねていきたい」と悲壮な覚悟。“障害”は一刻も早く取り除いてほしいものだが…。



2013/2/6 柔道暴力問題 告発選手の名前公表を…自民・橋本聖子氏

(2013-02-06)

報道機関

スポニチ

見出し

柔道暴力問題 告発選手の名前公表を…自民・橋本聖子氏

発行日

201326日 1146

http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/02/06/kiji/K20130206005137990.html

◆内容◆

自民党の橋本聖子参院政審会長は6日午前、柔道女子日本代表での暴力問題を告発した選手15人の名前は公表されるべきだとの認識を示した。党参院議員総会で「長年のいろいろな問題を訴えることには非常に大きな責任がある。選手一人一人が理解しなければいけない」と述べた。
 橋本氏は日本オリンピック委員会(JOC)理事で、選手の聞き取り調査をするためにJOCが設置した「緊急調査対策プロジェクト」のメンバーを務める。
 総会では「プライバシーを守ってもらいながらヒアリングをしてもらいたいというのは、決していいことでない」と指摘。「あまりにも選手のプライバシーを守ろうとする観点から、15人の選手が表に出ていないことをどう判断するか。非常に大きな問題だ」と語った。
 5日の自民党スポーツ立国調査会の会合でも、調査がしくにい点などを理由に告発選手名の公表を求める声が出ていた。



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