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11/23 羽生結弦は本番でまた頭を打ったら致死率50%だった!? スポーツ界全体で脳震盪を競技禁止の厳しいルール作りを!

(2014-11-23)

報道機関

現代ビジネス【賢者の知恵】

見出し

羽生結弦は本番でまた頭を打ったら致死率50%だった!? スポーツ界全体で脳震盪を競技禁止の厳しいルール作りを!

配信日

20141123日 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41188

◆内容◆文:越智小枝(日本体育協会認定スポーツ医・相馬中央病院内科医)

フィギュアスケートの羽生結弦選手が頭の怪我をおして試合に出場したことの是非が、話題になっています。特に、脳震盪(のうしんとう)が疑われたのではないかということ、その状況で選手を出場させて良かったのか、ということが議論の焦点です。映像で見ると、たしかに脳震盪を疑ってもよかったのではないか、と思われる場面もいくつかあります。

しかし、実際に現場で競技を止めさせることができたかどうか、というのはまた別の問題です。理由の1つは、脳震盪が一部のスポーツ関係者を除いて非常に認知度の低い病態であること、もう1つは、厳密なルールがない限り、関係者がその場で判断を下し、中止命令を出すことがとても難しいことです。

私は自身も剣道をたしなむスポーツ医であり、大会救護などの現場で頭をぶつけた方を診ることもあります。そこで、実際の経験や報告をもとに、脳震盪の現場での判断のむずかしさを述べようと思います。

■命にかかわる脳震盪

最初に、なぜ脳震盪がここまで問題になるのでしょうか。それは、脳震盪は、致命的な外傷である急性硬膜下血腫とよく似た症状を示すからです。急性硬膜下血腫と脳震盪は病院でCTを撮らない限り現場で区別はつけられません。そればかりでなく、脳震盪そのものが、繰り返すことによって命や健康に係わります。

脳震盪は、転ぶ、激しく揺すられるなどの衝撃により、脳の組織に細かい傷がつく病態です。なかには、一過性の虚血で倒れる脳貧血(立ちくらみ)と混同される方がいらっしゃるのですが、その重症度は全く異なります。

脳震盪が疑われる症状については日本ラグビー協会のガイドライン(1)や米国CDCのページ(2)によく書かれていますが、脳震盪は必ずしも「意識を失うか否か」で判断できるものではありません。もし意識があっても、こちらにかかれているような諸症状(意識障害、頭痛、ふらつき)が見られた場合にはただちに競技を中止させなくてはいけません。1度目の症状が残るうちに2度目の脳震盪、つまり「セカンドインパクト・シンドローム」を起こすと、死亡率が50%にも跳ね上がるためです。

繰り返す脳震盪で認知症や自殺が増加

また、短期間に繰り返すだけでなく、長期的に脳震盪を繰り返すことで、約17%の人が慢性外傷性脳症 (Chronic traumatic brain encephalopathy, CTE)を起こすと言われています。CTEは麻痺や震え、認知症、うつ病や自殺念慮などの様々な症状を示す疾患で、脳の中にタウ蛋白という異常な蛋白が蓄積したり、脳が委縮したりすることで起こります。脳震盪を起こした事のある人は、起こしたことのない人に比べて脳の海馬という記憶をつかさどる部分の容積が少ないという学術報告もあります(3)。

2007
年、クリス・ベノアというカナダ出身のプロレスラー(当時40歳)が妻と息子を絞殺した上で自殺したという事件がありました。その後の調査では彼が重度のCTEであったと報告され(4)、これによる希死念慮と情緒不安定がこの自・他殺の一因ではないかとされています(5)。2012年には米プロフットボールリーグ(NFL)元選手ら4000人以上が、CTEに対するNFLの取り組みが不十分であった、と「脳震盪集団訴訟」を起こしたことは有名です。翌年7.5億ドルの賠償金で和解したのですが、2014年にはその補償額の上限が取り除かれました。補償の対象は2万人以上にも及ぶとされています(6)。

実はよくある脳震盪

脳震盪は決して稀な疾患ではありません。米国では毎年400万人以上の子供(14歳以下)が脳震盪を起こしている、というデータもあります(7)し、アマチュアのサッカー選手の60%が3度(重度)の脳震盪を経験し、その半分は2回以上脳震盪を経験している(8)という報告もあります。つまり、競技のレベルや種類にかかわらず、全ての人に脳震盪のリスクがあると考えるのが妥当です。

私自身がたしなむ剣道でも、転倒で後頭部を打撲する事故がよくあります。剣道の防具は、実は背面が非常に無防備であるためです。周りの人々に訊いても殆ど全員が「そういう症状、見たことある」「経験したことある」と答えています。

そして、そのまま稽古や競技に戻った、という経験のある方も決して少なくありません。これが脳震盪の中で最も恐ろしい点です。つまり脳震盪を起こした後に競技を続行しても、必ずしも命を落とす訳ではない、むしろ確率的には命を落とさない人の方が多いのです。正しい知識を持たない限り、経験則では脳震盪の怖さは分かりません。

「脳震盪くらい自分も起こしたことがある」

と後輩や生徒を叱咤し、いつか誰かが「ババ」を引いてしまう。そのような危険な現場が、いまも多く存在しているのです。

特に少年のアスリートの方が脳震盪になりやすく(例えば高校生は大学生の3倍と言われています)、回復により時間がかかり、かつより重篤な後遺症を生じやすいと言われています。お子さんの試合や合宿中などには、必ずしも医師が居るとは限りません。その時誰が判断できるのか。そう考えると、脳震盪は全ての人が知るべき問題だと思います。

脳震盪の原則

脳震盪が疑われる状況や脳震盪のくわしい対処法については、先述の日本ラグビー協会のホームページをご参照いただくのが良いと思います(1)が、一番大切なことは、
1
    頭をぶつけた場合には試合を直ちにやめさせ、確認を行うこと。
2
    少しでも脳震盪を疑った場合には病院へ運ぶこと。
3
    24時間は選手を一人にしないこと。
4
    症状がなくなるまでは競技だけでなく勉強、飲酒、運転もしないこと。
です。

選手は試合中止判断ができない

脳震盪を疑った時の最初の対処は、その場で競技を中止させることです。しかしこの判断は、決して本人に任せてはいけません。なぜなら、脳震盪の症状の一つに、「軽い興奮状態」というものがあるからです。ただでさえ試合中の興奮状態にある上に脳震盪による意識障害を来した選手は、自分で中止判断がつけられないことが往々にしてあるのです。

2009年にサウジアラビアのアブラーマン・アル・シェビという選手が試合中に突然走ったりとんぼ返りをしたり、ということを繰り返し、動かなくなった映像(9)が「ある選手の死」と報道され、物議を醸しました(実際には翌日には日常生活に復帰されていたそうです)。後の調べでは、相手チームの選手に頸部を蹴られたことによる脳震盪だったのではないかと言われています。この動画では周りの選手があっけにとられて眺めている様が良く分かると思いますが、バランス障害を来さない脳震盪の良い例かもしれません。ここまで極端でないにしても、ある程度の興奮状態は脳震盪ではしばしば見られます。

私自身の目撃した出来事ですが、ある剣道大会で、転んで後頭部を強打し、数秒間意識を失った選手がいました。審判長と私とで試合を中止するよう指示し、命の危険の説明もしたのですが、本人は

「大丈夫です!命をかけてもやります!」

と繰り返し、どうしても承諾しませんでした。試合中止の強制力を持たない立場では、諦めざるを得ません。やむなく試合を続行しました。

試合の後、チームメイトが慌てた様子で私の所に相談に来ました。

「彼が試合をしたことを覚えておらず、何か興奮している」

とのことです。連れられて来たその選手は

「大丈夫、大丈夫だから!」「え?試合終わったの?」

という言葉だけを何度も何度も繰り返しており、「家に帰る」と言い張るのを何とか周りがなだめ、救急車で病院へ搬送されました。幸いCTでは異常なく、後遺症もなかったそうですが、結果オーライでは済まされない出来事だったと思います。

このように、どんなにしっかりして見えても選手本人には記憶がない場合すらあります。自己責任、と言っても、選手が責任を取れる状況にすらない可能性を考えておかなくてはいけないと思います。

選手を知るほど迷う試合中止判断

では、現場に居合わせた監督や医師に試合中断の判断ができるでしょうか。止めなければ命にかかわるのですから、医学的には当然欠場させなくてはいけません。しかし現実に、勝敗のかかった大舞台で、個人の責任において選手を止めることはとても難しいと思います。

それだけでなく、選手や周りの環境を知る者ほど判断には苦痛を伴います。たとえば大学の推薦や選抜がかかっている、というような重要な大会では、その試合の勝敗が選手の生涯を決めてしまうかもしれません。

チームドクターを勤めるある医師が、やはり脳震盪の現場を目撃した時のことをこのように語っています。

「…その試合は順位がかなり大切であり、(まるで戦争のようです)…二部落ち等に関わる大事な試合であったため、教科書通りの対応がためらわれ…ゴーサインを出しました。」
「私には試合中断、チームの敗退を余儀なくしてしまうことを決定する勇気がありませんでした。」

長年チームに寄り添い、選手の気持ちが分かる人ほど、現場で診断のつかない脳震盪という病態への判断はどうしても迷ってしまいがちです。今回の羽生選手の件でも、「止めなかった監督が悪い」と言われる方もいらっしゃいましたが、実際には個人で判断を下すのはとても難しかったのではないかと思っています。

安全責任と勝敗の責任

今年のインターハイ剣道競技では、入賞を期待された有望選手が1本を取った直後に転倒し、脳震盪を起こしました。ただちにドクターストップがかかり、1本を取られた選手が不戦勝ち、次の試合へ進む、という結果に終わりました。医学的にみればしごく真っ当な判断ですが、この決断は必ずしも現場では評価を受けなかったようです。

「意識の戻った選手はぴんぴんしていたので、『何で医者がやめさせた』っていう声も実際にありましたよ」

という話を、現場で見ていた剣道関係者からお聞きしました。

個人が判断する事の一番の問題は、出場停止を命じた医師や審判が、個人やチームの勝敗の責任まで負わされることです。国際大会にもなれば

「日本が負けたのはあいつのせいだ」

とまで言われかねません。

また、危険が分かっていても、前述の例のように止める権限があるとは限りません。

「本人がやりたいと言うのだからやらせろ」

と押し切られ、万一のことがあれば命に係わるだけでなく止めきれなかった医師のトラウマにすらなり得ます。

ルールが救い得る命

このような時にこそ、第三者の作ったルールが命を救います。

大阪朝鮮高級学校ラグビー部が様々な苦難を乗り越えて花園を目指す、「60万回のトライ」というドキュメンタリー映画をご覧になった方もいると思います。この大阪朝高の当時のエースであったコン・ユイン選手は、花園の2回戦で脳震盪を起こし、次の試合に出られなくなりました。なぜならラグビーでは、脳震盪を起こすと次の3週間は試合に出られないというルールが定められていたからです。

実際の現場では、応援者たちから「こんな時くらい試合に出してあげても良いのでは」という声も上がったようです。実際に元気で動いている選手の姿を見、チームの悲願を知っている者であれば、そのようなコメントも出て当然だと思います。

このような状況で、もしラグビー協会の定めたルールがなければ、ユイン君は例え命にかかわると言われても試合に出てしまっていたかもしれません。第三者の決めたルールが人の命を救うのは、このような時ではないかと思っています。

試合中止の決断は、様々な思いや事情を背負う選手やチームではなく、彼らと距離を置ける第三者が判断しなくてはいけません。

競技の枠を超えたルール作りを

今回の事件を踏まえ、国際スケート協会にルール作りを要請する声が高まっています。しかし、スケート界だけがルールを作ればよいのでしょうか。先ほども述べたように、数百万人の学童が毎年脳震盪を起こしているのです。

脳震盪は特定の競技特有の問題ではありません。例えば体育の授業を振り返ってみても、水泳の時間にお互い同士衝突した、ダンスの授業で滑って転んだ、鉄棒から落ちて頭を打った、という場面を思い出す方も多いとおもいます。アイススケートだけが危険、とすることで、他の競技の選手や体育の授業を受ける子供たち、アマチュアスポーツを楽しむ方々に脳震盪の危険意識が薄れ、むしろ彼らを危険にさらすことになるかもしれません。全ての人々がスポーツを楽しむためにも、競技の枠を超えてルールを設定し、周知する事が必要なのではないでしょうか。色々な形でスポーツに関わる全ての人が利用できるルール作りが今こそ必要です。

<参考文献>
(1)    日本ラグビー協会.脳震盪ガイドライン等について.http://www.rugby-japan.jp/about/committee/safe/concussion/index.html
(2)    CDC. Concussion. http://www.cdc.gov/concussion/
(3)    Singh R, Meier TB, Kuplicki R, et al. Relationship of Collegiate Football Experience and Concussion With Hippocampal Volume and Cognitive Outcomes. JAMA. 2014;311(18):1883-1888.
(4)    http://journals.lww.com/neurotodayonline/Fulltext/2007/09180/Brain_Damage_May_Have_Contributed_to_Former.1.aspx
(5)    Ann C. McKee et al. Chronic Traumatic Encephalopathy in Athletes: Progressive Tauopathy following Repetitive Head Injury. J Neuropathol Exp Neurol. Jul 2009; 68(7): 709735.
(6)    http://www.afnjapan.com/nfl/46249/
(7)    http://www.publishersweekly.com/978-0-547-77394-0
(8)    E.J.T.Matser. Neuroscience Centre, Erasmus University Rotterdam, The Netherlands. SOCCER RELATED CONCUSSIONS in : INTERNATIONAL SYMPOSIUM ON CONCUSSION IN SPORT. Study 022 Br J Sports Med. Oct 2001; 35(5): 373374.
(9)    https://www.youtube.com/watch?v=ccu-jGa5ox

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