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12/16 教える立場になった澤田亜紀の願い フィギュアスケート育成の現場から(4)

(2014-12-16)

報道機関

Sportnavi

見出し

教える立場になった澤田亜紀の願い フィギュアスケート育成の現場から(4)

配信日

20141216日 1304

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/figureskate/all/1415/columndtl/201412160001-spnavi

◆内容◆松原孝臣

・トップ選手が子供たちの身近な存在

「ここ(関西大学)は、身近なところで活躍している選手たちを見ることができるので、小さい子にとってよい刺激になると思います」
 関西大学のスケートリンクで指導にあたる澤田亜紀は言う。
 フィギュアスケートの選手は、現在約100名が練習しているという。
 いつか、こんな光景を目にした。
 小さなキャリーケースを転がして、リンクから階段を上がった先の坂を上っていく小学生くらいの女の子たちがいた。練習を終えて帰るところだろう。
「大ちゃん、やっぱりすごいよね」
「いいよね」
 あるいは、やはり小学生くらいだろうか、男の子と女の子の会話が断片的に聞こえてきた。
「織田君ってさ」
「そうだよね」
 子どもが君づけで呼んでいるところに、織田信成のキャラクターや人柄が表れているようだった。
 約100名の選手たちには、氷上のコーチをはじめ、トレーナーなどさまざまなスタッフを合わせて約30名が指導、育成にかかわっている。また、澤田はこんな例を挙げる。
「例えば、昨年の全日本選手権の前は、会場だったさいたまスーパーアリーナがとても暖かいので、さいたまに合わせた温度に調整してもらって練習していたんです。そういう面でも、選手にとってありがたいし良い環境だと思います」

引退、そして就職の選択

話は現役時代に戻る。
 ふと、澤田は言った。
「大学に入ったあと、スケートが好きだと思えない時期がありました。練習に行くのも嫌だったし、辞めたいなと思ったこともありました」
 その理由は何だったのか。
 尋ねると、澤田は少し考えて答える。
「うーん……高校3年生のとき、四大陸選手権で4位になったのに満足して、内容もよかったので燃え尽きたというか……。うーん。そういうときって成績も上がらないですよね」
 その後、澤田は大学卒業とともに引退した。
 あらためて、引退への経緯を語る。
「大学には奨学金を借りて通っていたんですね。家計が急変したこともあって、決して楽ではないのを知っていたので、アルバイトもしながらの大学生活でした。それこそ後半は、アルバイトでどうにか競技を続けられた感じでしたね。卒業後にバックアップしてくれるところもありませんでしたから、大学を卒業すると同時にやめると決めていました」
 コーチになりたいという思いもあったと言う。それでも就職することを選んだ。

「一度は社会に出たいという気持ちが理由の1つ。もう1つは、だんだんリンクが減っている中で、コーチとしてやっていけるのか、リンクの数に対してコーチの数のほうが多くなっている状態なのに大丈夫かなという不安があったからです」
 そして再び、リンクへと戻ってきた。

・「フィギュアへの注目が落ちないでほしい」

日本のフィギュアスケート界は、長年にわたり牽引(けんいん)してきた選手たちの姿がなくなり、新しい選手たちがグランプリシリーズに出場している。
「バンクーバーの翌シーズン、東京で世界選手権が予定されていましたよね? たぶん、そこで競技生活を終えようと考えていた選手は多かったと思います。でも、震災(東日本大震災)があって世界選手権の場所も時期もかわり、そこでソチまで続けようと切り替えた選手もいたんじゃないでしょうか。それで今が、世代交代が進んでいく時期になったように思います」
 そう言いつつ、昨年12月の全日本選手権について触れた。
「さいたまスーパーアリーナにいたのですが、高橋大ちゃん(大輔)が滑っているとき、会場の空気がすごいなと思いました。あれはほんとうに、すごかった。あの空気というのは、これからはもうないのかもしれないと考えることがあるんです」
 どこか寂しさも感じさせる言葉のあと、澤田は、こう続けた。
「でも、フィギュアスケートへの注目が落ちないでほしいんです。注目されることって、実はとても大きいと思うんですね。例えば、テレビで放送されているのを見ることも、スケーターにとって、きっとモチベーションになっていると思うんです。ぜひこれからも、大会をゴールデンタイムに流し続けてほしいんですよね」

選手時代の葛藤、経験を越えて

その注目は、選手たちの活躍あってこそ。選手が頑張って、選手を支えるコーチやスタッフの力があって、日本のフィギュアスケートを押し上げてきた。そしてファンになった人々の存在もまた後押しとなってきた。循環が生まれていた。
 澤田も、同意する。
「はい。日本の選手がみんな頑張って、大活躍してきたからこその注目だと思います。だから、これからもフィギュアスケートがそうであるように、私たちもがんばって選手を育てていかなければならないと思っています。今は教えることに必死ですが、選手に近い年齢でもあるので、何でも相談にのってあげられる存在でいるようにと思っています。技術もそうですが、やっぱりメンタルも大きく影響してくるんですね。メンタル的な不安などを聞ける立場でいられれば、と思います」
 教える立場として、もう一つの思いを抱いている。
「スケートを、いろいろな事情で辞めざるを得ない選手もいると思います。スケートが嫌いになったから辞めるのではなく、どうにもならない理由で、泣く泣く離れていかざるを得ない選手たちがいます。でも、もしそうであったとしても、最後はスケートが好きだと思ってもらえる、辞めたあともずっと好きでいてくれる選手をたくさん育てていきたい。それが一番の願いです」
 葛藤を抱えながら取り組んでいた時期があり、さまざまな経験をしながら競技生活を送ってきたからこその言葉でもあるように思えた。
(第5回に続く/文中敬称略)
※「フィギュアスケート育成の現場から」と題し、全国の指導者たちを訪ねる企画をシリーズでお届けします。
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「身近なところで活躍している選手たちを見ることができる」と関西大学の環境の良さを挙げる澤田亜紀
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昨年12月の全日本選手権での高橋大輔の演技を見て、「会場の空気がすごい」と感じたという
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澤田の一番の願いは、スケートをずっと好きでいてくれる選手を育てること

2007年の四大陸選手権で4位になった澤田。「内容もよかったので燃え尽きてしまったのかも」と語る

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