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4/23 奇跡の4分間”支える―  浅田の名伯楽、72歳の佐藤コーチ

(2014-04-23)

報道機関

共同通信

見出し

奇跡の4分間支える  浅田の名伯楽、72歳の佐藤コーチ

発行日

2014423日 1202

http://www.47news.jp/EN/201404/EN2014042301001247.html

◆内容◆

フィギュアスケート女子の浅田真央(中京大)がソチ冬季五輪のフリーで圧巻の滑りを見せてから2カ月が過ぎた。シーズンが幕を閉じても、たびたびテレビで映像を目にするからだろうか。桜が散り、季節は移りゆくのに、感動の余韻は消えていない。奇跡の4分間の主役はもちろん浅田だったが、感極まる教え子をぐっと抱きしめた佐藤信夫コーチの姿も忘れられない。「非常に悩みが多く、大変な時間でした」。3年半の師弟関係を振り返る言葉が胸を打った。

 国民的なヒロインを預かることは、経験豊富な72歳の名伯楽にとっても想像以上に忍耐が必要だったという。世界女王になった娘の有香さん、2011年世界選手権銀メダルの小塚崇彦(トヨタ自動車)ら数々のトップスケーターを育ててきたが、浅田ほど世間の注目を浴びる選手は前例がなかった。既に2度も世界チャンピオンに輝き、老若男女から愛される日本のエース。「基礎から見直すのに数年はかかる」と説いても、われわれメディアを含めた周囲は結果を求めてしまい、浅田本人の焦りも募った。妻の久美子コーチが「お父さんも随分頭が薄くなったわね」と言うように、心労は絶えなかった。

 浅田が練習する愛知県豊田市と指導拠点を置く横浜市を片道2時間半かけて週1回ペースで往復し、シーズンに入ればほぼ毎週のように国際試合で海を渡った。教え子は一部のトップ選手だけではない。むしろジュニアやさらに下の年代にあたる「ノービス」のスケーター、愛好者の方が多い。「真央や崇彦の試合や練習についていけば、その間は他の子どもたちを見てあげられない。新横浜を離れる時はいつも後ろ髪を引かれる思い。それが何よりもつらい」

 そう何度も漏らしたのを覚えている。少しでも教える時間を確保しようと、海外遠征から帰国するとその足で新横浜のスケートリンクに向かうことは珍しくなかった。平日は朝6時から夜10時近くまでレッスンが続く。移動の疲れや時差ぼけもあるはずだが、シーズン中はほとんど休みなしでリンクに立ち続けた。体調管理のために散歩を心掛け、定期的な健康診断を欠かさない。コーチのかがみといえる人だ。

 身を削るような日々にも「私の特技は、いつでもどこでも寝られること」と笑顔を絶やさないから感服した。久美子コーチは「お父さんは5分なら5分と言って、宣言通りに起きることができる。電車の中でも、スケート靴を履いたままコーチ室のベンチでも、気付けば眠っているのよね」と笑い話にしていたが

 浅田はスケートに真摯に向き合う佐藤コーチに出会えて幸せだったと思う。いてつく屋外で試合に臨み、海外遠征で欧米との力量差を痛感した時代を知るスケート界の生き字引は、自らの経験を惜しみなく伝えた。定評のある滑りの指導だけでなく、含蓄のある言葉でアスリートの心構えを説いた。3月の世界選手権で4年ぶりに優勝した夜も、宿舎ホテルの部屋で深夜までスケート談議に花を咲かせた。師事したばかりの頃に比べて浅田の選ぶ言葉や表現に重みが出てきたのも、佐藤コーチの影響が多大にあると感じている。

 佐藤コーチは例え話をよく用いる。基礎の重要性を訴える場合は、こんな具合だ。「新横浜には横浜線が走っていますね。多少は揺れるけど、それでも走っている。その上を見たら新幹線が走っていて、こちらは横浜線の何十倍も予算をかけて精密に作られている。だから何百キロというスピードで運行できる。もっとスピードを速くしようと思ったら、時間や費用をかけて精度を高めなきゃいけない。スケートも同じなんです」

 同じ練習を繰り返す意味は、紙を折り曲げながらこう訴える。「一度軽く折っても、手を離せば元に戻ってしまう。毎日毎日コーチは手で押さえているが、練習が終わればすぐに開いてしまう。それを完全に折れ曲がるようにするには、何度も何度も折り目を付けなければならず、相当の時間がかかる。だから、毎日やっている中身を変えず、教える方も教えられる方も我慢できるかが大事になってくる。それは真央にも小さな子どもにも同様に言えること」

 日本代表として出場した2度を含めてソチで11度の五輪を経験した重鎮。興味深い話は尽きない。世界選手権で久しぶりに手にした金メダルを、浅田は感謝の気持ちとともに佐藤コーチの首に掛けた。そして「苦しいこと、すごく悩んだこともあったが、それがあったからこそ喜びがある。5歳から始めたフィギュアスケートが嫌いになったこともあったが、あらためていいなと思った」と感慨を込めた。滑る喜びを取り戻すきっかけを与えてくれたのは、そばで支え続けた佐藤コーチにほかならない。

 浅田が集大成と位置付けて挑んだソチ五輪のフリーの後、佐藤コーチは「まだ教えたいことはいっぱいある。やってあげればよかったということはいっぱいある」と語り、世界選手権を終えると「右に行ったり、左に行ったり、真っすぐに進まず厳しい日々が続いたが、ここにきて歯車がうまく回り始めた」と話した。浅田はまだ、競技を続けるかどうかを表明していない。スター選手を引き受けるは大変だが、いま別れを迎えるのも忍びない。佐藤コーチの少し寂しげな口調が印象的だった。

※井上将志(いのうえ・まさし)2003年共同通信入社。名古屋でプロ野球中日、フィギュアスケートを担当。現在は本社運動部でフィギュア、体操、陸上を中心にカバー。バンクーバー冬季、ロンドン夏季五輪も取材。東京都出身。

201409102.png

女子フリーの演技を終えた浅田真央(左)を迎える佐藤信夫コーチ。昨年11月のNHK杯から

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