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10/15 最後まで心優しかった天性のスケーター  高橋大輔、“3人の母”と迎えた引退

(2014-10-15)

報道機関

スポーツナビ

見出し

最後まで心優しかった天性のスケーター  高橋大輔、“3人の母”と迎えた引退

発行日

20141015日 1136

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/figureskate/all/1415/columndtl/201410150005-spnavi?page=1

◆内容◆ 野口美惠

■実母と2人の元コーチに囲まれて  

「気づけば20年たっていました」
 高橋大輔(関西大大学院)の引退宣言は、そんな言葉から始まった。28歳と7カ月。ピークが20代半ばといわれるフィギュアスケートで、3度の五輪に出場し、10年近く日本男子のエースとして荒野を切り開いてきた。2014年10月14日、高橋は、実母と2人の元コーチの「3人の母」に囲まれ、照れくさそうに“引退”の二文字を口にした。
 母も2人のコーチも、口をそろえて言うのは「気を遣う、心優しい子」。天性のスケートのセンスがある一方で、高橋の性格は、世界の強豪と戦うアスリートとしては弱かった。しかし気持ちが弱いからこそ成長しようとする、そのひたむきさを、多くのコーチやファンが支える20年だった。

 「ガラスのハート」と呼ばれていた

 スケートを始めたのは、8歳の時。地元、倉敷のスケートリンクで佐々木美行コーチの下、中学生までスケートを習った。ジャンプもスピンも上手で、ひときわ器用なステップで楽しそうに滑る選手だった。
「クリクリとした目の可愛らしい子でしたね。まだ大輔君がスケートを始めた20年前は、男子はマイナーな競技だったからこそ、ひどい点数を取っても『よーし、今度こそ頑張ったら先生、ごちそうしてくれる?』などと言いながら、楽しんでスケートを頑張った地元での10年でした」
 天真爛漫(らんまん)な高橋を世界の舞台へと引き上げたのは、長光歌子コーチだ。中学2年となった99年のこと。体から音楽が聞こえてくるようなスケーティングをする高橋を一目見て、長光コーチは「この子の滑りを世界中の人に見てもらいたい」と決意した。
 高橋を自宅に住まわせ、二人三脚での競技人生をスタート。まだ少年だった高橋は、こんなことをいって長光コーチを驚かせた。
「先生、僕はここに来るまで、いろいろな方に支えられてきたけれど、どんなふうに恩返ししたらいいでしょう?」と。長光コーチは「頑張って練習して、成績を収めることが恩返し」と伝えた。
 02年世界ジュニア選手権では日本男子初となる優勝を飾るが、シニアに上がってからは成績不安定に。気の優しい性格から本番に弱く「ガラスのハート」との汚名まで着せられた。

苦境を乗り越え日本のエースに

しかし長光コーチは諦めなかった。2人でアメリカに渡り、ニコライ・モロゾフのもと起死回生を狙ったのだ。どん欲で厳しいロシア人コーチの指導で、それまで普通の高校生のように遊びたがっていた高橋も、表情が変わった。

 05年12月のグランプリファイナルのこと。日本男子初となる3位に入り満足げな高橋に、モロゾフは「お前は3位で満足しているのか?」と聞いた。高橋が「満足している!」というと、「お前はバカか! 世界の頂点を目指す者が、3位で満足するな」と怒鳴った。高橋の欲のなさを、モロゾフが刺激し続けた。
 トリノ五輪は8位。十分な成績だったが、荒川静香から、彼女が獲得した金メダルを首にかけてもらって初めて欲が湧いた。
「自分はただ緊張して興奮していたけれど、荒川さんは落ち着いていて、自然体で、心から五輪を楽しんでいた。次のバンクーバーでは、僕もあんなふうに五輪を過ごして、そしてメダルを取りたいな」
 バンクーバーまでの4年は、さらに波乱に満ちていた。08年春には、モロゾフが織田信成も指導することになり、「ライバルと同じコーチというのはキツイ」と言ってモロゾフと袂を分かった。自分だけを見ていてほしい、という心の弱さが抑えられなかった。その秋、右膝のじん帯と半月板を損傷。1年にわたる過酷なリハビリをへてバンクーバー五輪シーズンに復帰する時には、茶髪を黒く染め、決意に燃える目で現れた。

「ケガの前は、コーチと離れたこともあってメンタルがいっぱいの状態でした。今はケガをしたことが、五輪につながる、プラスになった、と確信しています」
 この時、23歳。少年の幼さが完全に消え、日本のエースの貫禄を身につけていた。
 10年バンクーバー五輪で日本男子初となる銅メダルを獲得すると、スケートの寿命を考えれば引退してもおかしくないとささやかれた。しかし、こんなふうに後輩へ気を遣った。
「引退も考えました。でも今の自分は『つなぐ』ということをやらなきゃいけない。注目されることがいかに幸せか、僕は分かる。次の世代が苦労しないようスケート人気をつなぎたいです」

■周囲への感謝を伝えたソチ五輪

それから4年。スケート人気を高橋がけん引するかたわら、次世代の羽生結弦(ANA)もめきめきと力を伸ばしてきた。12年全日本選手権では、羽生に越されての2位。若手の勢いに、気持ちで押された。
「僕もあれくらい鼻息が荒かったらなあ。“勝ってやる”とか思えたら若いころから成績を出していたのかも」。悔しさよりも、苦笑いが先に漏れた。
 ソチ五輪シーズンが始まるころ、高橋は五輪に向けて焦るでもなく、躍起になることもなく、ただ周囲への感謝の言葉を伝えるようになっていた。
「長光先生が引っ張ってきてくれたお陰で27歳までスケートをしてきました。師弟関係は超えていて、第二の母。恥ずかしいですけど。一番大変な思春期まっさかりに、2人で海外に行ったし、先生は本当に大変だったと思います」

 そして3度目の五輪となるソチ大会は、ケガが悪化した状態で臨むことに。順位は6位だったが、それでも晴れやかな表情での演技が、観る者の心を打った。
「皆さんに良い報告ができなくて残念ですけれど、もう(自分を)受け入れるしかないので、笑顔になったのかなと思います。お客さんも日本から多く来てくださいましたし、そういった人に向けても精いっぱいやりたかった。いろいろな思い出がありますが、自分にとっては最高のソチでした」
 その後、世界選手権はケガのために棄権。「1年間の休養」宣言をした。引退を決意したのはそれから半年後の9月中旬。長光コーチにその思いを打ち明けた。長光コーチはこう語る。
「2人ともドライなので、泣いたりしませんでした。ただ一言、お疲れさまと伝えました」
 10月13日の夜、佐々木コーチと母の清登さんに、高橋は電話で「明日、引退を発表するから」と伝えた。母は「半分ほっとした気持ち、よく頑張ったなという気持ち、ちょっと寂しいなという気持ち。でも本人から聞けたのでうれしかったです」という。

晴れやかに響いた引退の言葉

一夜明けた14日は、台風19号が去った台風一過の晴天に。引退会見は、地元の岡山での式典後を選んでいた。母と2人のコーチと「3人の母」も登壇し、いつになくアットホームな雰囲気で会見は始まる。3人の母は綺麗におめかしをして、引退というよりも、新しい門出のお祝いだ。高橋の「引退を決意しました」という重たいセリフも、晴れやかに響いた。

 長光コーチは「彼は十分に皆さんに恩返しできたんじゃないかと思います。血はつながっていませんけれど家族の1人のようなもの。今後もうるさいオバサンのままでいたいと思います」と笑顔。佐々木コーチも「大輔君の後ろ姿はしっかり後輩に受け継がれています」と言い、地元の子どもを引き連れ、高橋や長光コーチに花束を渡した。
 母の清登は「歌子先生には迷惑をかけましたが、安心してお任せしておりました。本当に大輔はいい人に巡り会って、産んだのは私なんですけれど、育てて下さったのは2人のコーチの力が大きかったですね」
 3人の母が交互に労をねぎらい、高橋は終始照れ笑い。そして最後にこう挨拶した。
「ファンの方の心の準備がないままに引退という形をとってしまって、申し訳なく思います。1年考えてから(引退を)言おうかと思ったのですが、これから他の選手がモチベーションを上げていく時期に言うよりも、シーズンが始まる前に発表しようと思いました」
 ファンやライバルへの気遣いが、言葉の端々にもれた。
「気を遣い過ぎる、心優しい少年」と言われた高橋はやはり、現役最後の日も周りに気を遣った。高橋らしい引退だった。
201410154.png 

20年の現役生活に終止符を打ち、晴れやかな表情で会見に臨んだ高橋
201410155.png 

バンクーバーでは日本男子初の銅メダルを獲得
201410153.png 

ソチ五輪は6位だったが、晴れやかな表情で滑り切った
201410152.png 会見に同席した長光コーチ(左)も高橋をねぎらった

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