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6/30 【中野友加里のスケーターたちの素顔】エース2人の休養宣言 「まだできる」の思い

(2014-06-30)

報道機関

SANKEI EXPRESS

見出し

【中野友加里のスケーターたちの素顔】エース2人の休養宣言 「まだできる」の思い

発行日

2014630日 1225

http://www.sankeibiz.jp/express/news/140630/exe1406301225003-n1.htm

◆内容◆ 

「またご飯行こうね」。こんなメールをもらったのは、フィギュアスケート男子の髙橋大輔選手が来季の休養を明らかにしたときのことでした。

 2006年のトリノ五輪から今年2月のソチ五輪まで3大会連続出場。10年のバンクーバー五輪で日本男子初の銅メダルを獲得したのをはじめ、世界選手権もグランプリシリーズ(GP)のファイナルも日本男子で初めて制しました。実力、人気ともに日本男子を牽引(けんいん)してきたエースの休養には、少なからず驚きもありました。

 1年ほど前に話をしたときには、「俺は(18年の)平昌(五輪)までやる。ずっと競技を続けたい」と明言していたからです。それでも、五輪シーズンが始まると、古傷だった右膝の痛みに苦しめられ、五輪に万全のコンディションで臨むことができなかった。そんな中で、一度切れてしまったモチベーションは、来季へとすぐに高めることができなかったのだと思います。

 では、引退できるかといえば、そこまでの踏ん切りもつかなかったのでしょう。悩んだ末の「休養宣言」だったのだと思います。

さらに、女子の浅田真央選手も来季の休養を宣言。日本フィギュア界は来季、男女のエースだった2人抜きでシーズンを迎えることになったのです。

進退考えさせられる

 06年トリノ五輪。男女を通じて日本で初めて金メダルを獲得したのが、荒川静香さんでした。惜しくも表彰台には届きませんでしたが、卓越した表現力で村主章枝(すぐり・ふみえ)さんも4位入賞を果たしました。

 2人は五輪から帰国後、自らの意思でその後の進退を決断しました。荒川さんは引退してプロの道へ。そして、村主さんは4年後のバンクーバー五輪を目指し、さらに再びソチ五輪へと目標を定めてチャレンジを続けました。いまなお現役を続けています。

 私がまだジュニアの選手だった中学2年のとき、推薦枠で初めて選ばれた全日本選手権に荒川さんも村主さんも出場していました。2人はお姉さんのような存在で、目標でもあり、トリノ五輪を目指したときにはライバルでもありました。そんな2人の決断は、私がスケート選手としての進退を初めて意識したときかもしれません。

バンクーバー五輪を目指した私は24歳のときの全日本選手権で3位となり、残念ながら夢をかなえることができませんでした。振り返れば、体はすでに限界を超えていました。最後のシーズンは、練習量に体がついていかなくなっていました。「もっと滑っていたいのに…」。痛み止めを飲んでリンクに上がる日々でした。いわば、全日本での演技の瞬間に私は完全燃焼していたのです。次の4年間を考えることはもう無理でした。

 ・競技見つめ直して

 大ちゃん、そして真央の休養を聞き、改めてスケーターの進退を考えさせられました。

 海外では金妍児(キム・ヨナ)さん(韓国)をはじめ、休養後に再び五輪を目指す選手がいますが、日本ではこれまであまりなかった選択肢です。

 私個人の考えとしては、選手としての理想は、試合をコンスタントにこなして実績を積み重ねていくことだと思っています。休養が大きな決断なのは、ブランクによって試合勘が失われるリスクがあり、復帰の道がそれだけ険しいのも現実だからです。安藤美姫さんが休養から復帰して、「試合はこんなに疲れるんだ」と嘆いていた姿が印象に残っています。

一方で、「まだやれるかもしれない」という思いが少しでも残っている間は、休養という選択肢も有効だと思います。引退するのは「本当にやめたい」「やりきった」と思った時点でいいと思うからです。

 とくに真央は幼少期から大きな期待を背負って滑ってきました。ソチ五輪ではショートプログラムで16位と出遅れながら、フリーで巻き返して「やっぱり真央は強いな」と感心させられました。3月にさいたまで行われた世界選手権も圧巻の演技で優勝。このとき、「自分が求めているスケートがようやくできた」と思えたのと同時に、心身ともに疲れたのかなというのが私の受け止めです。

 大ちゃんにも真央にも、まずはゆっくりと休み、昨季までとは違う目線で「フィギュアスケート」を見つめな直してほしいなと思っています。その上で、もう一度、試合の会場で滑りたいと心から思えたときに、ぜひ戻ってきてほしいです。

そして、次の世代の若い選手たちには、もし2人の両エースがいなくなってしまっても、日本のフィギュア界は大丈夫だとファンの方々に思わせられるくらいの演技で盛り上げていってほしいと願っています。(元フィギュアスケート選手、フジテレビ職員 中野友加里(ゆかり)/SANKEI EXPRESS)

 ■なかの・ゆかり 1985年、愛知県江南(こうなん)市生まれ。史上3人目のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に成功し、2006年~08年まで3年連続で世界選手権日本代表。10年に現役引退し、フジテレビに入社。早大大学院修了。著書「トップスケーターの流儀~中野友加里が聞く9人のリアルストーリー」(双葉社)が発売中。

201410182.png

ソチ五輪のフィギュアスケートのエキシビションの練習で手をつないで滑る浅田真央選手(左)と髙橋大輔選手



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